夏 草 「奥の細道」
光村図書
現職の時(昭和57年)に、実践して発表したものです。
1 はじめに
生徒達は、古典学習について、あまりいいイメージをもっていないようである。1年生のときはともかく、3年生になると、難しい、おもしろくないというのが
一般的な反応であろう。それは、言語表現そのものが日常使っているものでないため、音声化しにくいこと、言葉の意味内容が分からないことによると思われる。さらに、そこに描かれている世界が、自分たちの住む世界と違っていることがあげられる。指導の面から考えると、内容的なことより、訓詁注釈的なことや
文法的なことに傾斜がかかっている傾向がありはしないかということがあげられる。
2
指導要領に見る古典学習
小学校指導要領では、第5学年と第5学年の「言語事項」のオ(文語調の文章に関する事項)に、「易しい文語調の文章を読んで、文語の調子に親しむこと」と
あるのが、古典学習に関するものである。
中学校指導要領(指導計画の作成と内容の取り扱い1の(6))では、古典の指導について、「古典としての古文や漢文を理解する基礎を養い古典に親しむ態度
を育てるとともに、我が国の文化や伝統について関心を深めるようにすること」とある。
高等学校指導要領(古典 の目標)には、「古典としての古文と漢文を読解し鑑賞する能力を養うとともに、ものの見方、感じ方、考え方を広く
し、古典に親しむことによって人生を豊かにする態度を育てる」とある。
いずれにおいても、「古典に親しむこと」が、その基調になっているとが分かる。
3 中学校における古典学習
中学校における古典学習は、「古典に対する入門期」と位置づけられる。その意義は、「原文をその意味・リズム・響きなどに注意し、朗読する力及びその習慣の育成」と、「古典の世界に興味・関心を抱く態度の育成」にあるといえる。特に、古典の世界に興味・関心を持たせることが大切
になってくる。そのためには、古典の世界に生きる人人の、「ものの見方、考え方、生き方」を、現代に生きる自分たちと対比しながら読み進め、その相違点と
類似点について考えさせることを基盤として、学習を展開するようにすることが必要である。
4 古典学習の系統
古典に関する学習としては、1年では、基礎的内容として、「むかしむかし、うらしまは」「蓬莱の玉の枝(竹取物語)」「故事から生れた言
葉」が、2年では、展開的内容として、「思いをつづる(枕草子・徒然草)」「扇の的(平家物語)」「漢詩の風景」が、3年では、総集的内容として、「君待
つと(万葉集・古今集・新古今集)」「東下り(伊勢物語)」「夏草(奥の細道)」「学びてこれを習ふ(論語)」が、位置づけられている。
5 単元と目標
1 単 元 『古典を味わう』
2
教科書に掲げられた目標
古典の文章を読み味わい、作者の感じ方・考え方をとらえる。
3 わたしの目標
(1) 価値目標
昔の人のものの見方、感じ方、生き方を読み取り、古典に親しむこができる。
(2) 技能目標
古文や漢文を内容を考えながら、すらすらと音読することができる。
(3) 言語目標
文語文独特の言い回しや簡単な古語の意味について、関心をもつことができる。
6 指導計画 (4時間扱い)
1 芭蕉と「おくのほそ道」について知り全文を読んで感想を書く。
2 冒頭部から、芭蕉の旅への思いを「人間は旅のなかに生きているのだ。私もそういう生き方をしたい」と読み取ることができる。
3 「平泉」から、「芭蕉が高館から旧跡を見て人間のはかなさを感じ、光堂を見て長い歳月に耐えて今なお残っていることに感動している」と読み取ること
ができる。
4 「平泉」から、「芭蕉が光堂に、永遠に滅びることのない人間の美を追求する心を見た」と読み取ることができる。
7 指導にあたって
教材文「夏草」は、「おくのほそ道」の主題を表す冒頭部と、平泉の部分とで構成されている。冒頭部には、一切のものが流れ流れていくところに人生があり、人間は旅のなかに生きているのだという思想が芭蕉に涙しながらも、永遠に滅びることのない人間の心について語っている。
生徒は、「古典」というと、初めからとりつきにくいものと苦手意識をもっている者が多い。それは、文語文の難しさによることが大きいが内容が現代に生きる
自分たちとあまりにもかけ離れていると考えていることからもきている。そこで、俳句の付合いから表現の工夫を学び、古典のなかに息づく人々の心が、現代の人間につながっているということに気づかせ、古典を見近なものと考えるようにさせたい。
8 本時の目標(「夏草」の4時間目)
1 価値目標
芭蕉が光堂に見たものは、「永遠に滅びることのない人間の美を追求する心」であることを読み取ることができる。
2 技能目標
俳句の付け合いについて知り、三つの句を次の視点「自然(夏草、卯の花、五月雨)、人間(兵ども、兼房)、見ているもの(夢の跡
光堂)」で比較し、関
連する語句を指摘することができる。
3 言語目標
「はべりぬ、耳驚かしたる、既に………なるべきを」の意味を指摘することができる。
9 本時の展開
1 本時の課題を確認する。
『芭蕉が光堂に見たものは何か』
2 課題についての予想を発表する。(家庭学習で予想を書いてくる)
3 「平泉」の部分を読む。
芭蕉が、見たものに線を引く。
4 「高館」での、芭蕉について読み取る。
芭蕉が、見たものを指摘する。
大門の跡、田野、金鶏山、北上川、衣川
永遠に滅びることのない人間の美を追求する心
今は見えないが、昔なら見えたものを指摘する。
大門、秀衡の館、和泉が城、泰衡の館、義経の館
芭蕉は、何を感じたのか。
はかなさ
芭蕉の思いを、示す部分を指摘する。
一睡のうちに、一時の叢となる
5 「夏草や 兵どもが 夢の跡」の句を視写し、文とのつながりを考える。
見えているもの 夏草、夢の跡
見えないけれど見ているもの 兵ども、夢
6 「卯の花に 兼房見ゆる 白毛かな」の句を視写し、芭蕉の句とのつながりについて考える。
見えているもの 卯の花
見えないけれど見ているもの 兼房、白毛
7 光堂での芭蕉について読み取る。
見ているものは何か。 光堂(七宝、珠の扉、金の柱)
五月雨
8 「五月雨の 降りのこしてや 光堂」の句を視写し、前二句との付け合いを考える。
他の二句との付け合いを、「自然、人間、見ているもの」の視点で考える。
自然→夏草(緑)、卯の花(白)に対して、それらを覆いその命の源である五月雨
人間→兵ものども(若武者)、兼房(老武者)に対して、光堂を造った工人たち
見ているもの→自然(夏草、卯の花、五月雨)、光堂
見えないけれど見ているものは、→兵ものども、兼房、光堂を造った工人たち
芭蕉は、何に感動しているか。
光堂
光堂を造った工人たちの努力と心
9 まとめをする。
「芭蕉が光堂に見たものは何か」についてシ―トにまとめる。
「芭蕉が光堂に見たものは、」という書き出しを提示する。
百字程度書くことを目標にする。
10 次時の予告をする。
「学びて時にこれを習ふ」を、すらすら読めるようになる。
10 生徒のまとめ
その1
女子
芭蕉が光堂に見たものは、光堂をつくった工人たちの心と芭蕉自身の心であると思う。芭蕉は祐福な生活をすて、旅の生活を選んだ
ことにわずかながら後悔しはじめていたのではないか。そんなとき、工人達がより高いものを追求し合い、つくりあげたすばらしい光堂を見て、やはり自分が選
んだ道は、「まちがいではなかった」と思ったのではないか。
その2 男子
芭蕉が光堂に見たものは、ひたすら美しいもの、より高いものを求めた職人達の心だと思う。長い歴史の中では、人間などはかないものだしいつかは忘れられてしまう。しかし、美しいものを追求して生まれた、その結晶はいつまでも残り、人の心を打つ。芭蕉は、そこに俳諧師としての自分と共鳴するも
のを感じたのであろう。
その3 女子
芭蕉が光堂に見たものは、美しさだけではなく、この美しさを作った人々の心であった。芭蕉は、戦い合う武士をすて、多くの幸せをすててこの旅に来たという。光堂を作った工人の心、より高いものを追求する心と芭蕉の心が一致し、芭蕉に多くの感動を与えたのだろう。
その4 男子
芭蕉が光堂に見たものは、自分の全身全霊を、光堂の建造に打ち込んだ工人達の心だと思う。彼らは、より高い技術を身につけるために、常に努
力した。その彼らの心が、芭蕉自身の俳諧の道をきわめようとする意気込みと一致したように感じ、新たに感動したのだろう。
その5 女子
芭蕉が光堂に見たものは、自分が追求している心と、光堂を作った工人たちとの心が、同じであったということだと思う。自分の道を追求する心というのは、芭蕉にかぎらず、昔からずっと同じなんだな。芭蕉も工人たちも、することは違っていたかもしれないけれど、目的としては自分の道を追求するということには、変わらなかったと思う。旅をしてきた芭蕉にとって、光堂は大きなものを心の中に残したと思う。
その6 女子
芭蕉が光堂に見たものは、すばらしい光堂をつくった工人たちの心・姿だと思う。芭蕉は俳句をつくり、工人たちは光堂をつくる。そこに、ものをつくるうえでの共通の心があると思う。芭蕉は、道を追求して旅をし、ここで共通の心をみつけたのだと思う。
11 おわりに
生徒達は、興味をもって学習を進めた。それは、思考の視点がはっきりしており、文中の言葉を手掛かりに考えていくことによって、求めるものが浮かび上がっ
てくるからである。そして、それが「なるほど」と、うなづけるものであったからである。
思考する喜びを感じたときの生徒達が、積極的に自己の思考を表現するかは、まとめによく表れている。豊かな、そして、多様な思考を促すための学習活動をど
のように組んでいくかは、教師に課せられた課題である。この課題を解決するのは、教材研究である。何かいい種はないかと思いながら、教材文を視点を変え
て、何回も読むことだと考える。
<板 書>
芭蕉が光堂に見たものは 何か
三代の栄耀一睡のうちにして
人間のはかなさ
功名一時の叢となる
自然 人間 建物・功名
夏草や 兵どもが 夢の跡
緑 若武者
老武者
卯の花に 兼房見ゆる 白毛かな
白 忠義 白
叢となるべきを
緑
千歳の記念とはなれり
五月雨の 降り残してや 光堂
生命の源
美の殿堂
芭蕉の心 道の追求 工人たち